東京高等裁判所 昭和28年(く)71号 判決
本件抗告申立趣旨は被告人松本三益に対する団体等規正令違反被告事件において、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる理由が極めて多大であり刑事訴訟法第八十九条第四号に該当すること顕著であるのに、原審裁判所がこれに対し保釈を許可する決定をしたのは、刑事訴訟法の精神に相反するものであるから、右取消しを求めるというのであつて、その理由の要旨は被告人はその逮捕に至る迄約三年に亘り逃亡しておつたもので、逮捕後の態度及び公判廷における言動から証拠を隠滅する虞あることが推認しうべく、殊に本件犯罪の性質上、その立証に微妙なる問題を残しておつて被告人がその支持者と共謀して虚無の証拠が作られることが予想される。即ち本件訴訟手続の経過に鑑み公私において検察官の立証せんとする証人との関係において被告人の保釈により証拠が隠滅される危険があるから、訴訟の現段階における保釈は到底合理的とは認め難い。且つ逃亡の虞も極めて大であつて、このことは直ちに罪証隠滅の虞あるに相通ずるものであり、更らにこれが為めに被告人の出廷を根本制度とする裁判審理を不可能ならしむるものであるというにあつて、その詳細は保釈許可決定に対する抗告申立並びに執行停止申請書と題する書面の理由第一及び同申請書の理由追加についてと題する書面(註、省略)に記載のとおりであるからこれを茲に引用する。
依て按ずるに右被告事件における被告人逮捕当時の状況捜査の経過被告人の公判廷における言動及び公判審理の経過等に関しては取寄せに係る本件被告事件記録(公判調書は全然存在しない)によるの外、その他にこれを詳知し得る何等の疎明資料も存しないのであるが、該記録に徴して本件保釈許可決定の為された経緯を検すると弁護人青柳盛雄提出の保釈請求書には、右被告事件については罪証隠滅の虞を疑う相当な理由は絶無であるとの申立をしており、これに対し検察官は被告人はその言動により証拠の隠滅、虚偽証拠を捏造することを疑うに足る十分な理由があるとの意見を開陳しておるのであるが、原審裁判所はこの相反する主張を比照裁量した結果、保釈許可決定書記載のとおり保証金額三十万円と定めた上各種条件を附して弁護人からの請求を許可したことが明らかである。そこで原審裁判所が検察官の反対意見あるに拘らず敢て保釈許可の決定をした理由は詳らかでないが刑事訴訟法第八十九条の規定は被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、その他同条列挙の事由がある場合は、保釈の請求があつても、裁判所は保釈を許さなくてもよいというに過ぎないのであつて、同条列挙の事由がある場合には、絶対に保釈を許してはならないと定めておるのではない。同条列挙の事由があつても裁判所は自由な判断により相当な条件を科することによつて、罪証隠滅等の行動の阻止が期待し得られると認められる場合には、請求による保釈許可をすることができるのであるから、仮に右抗告申立書記載のような検察官主張の事由があつたとしても、原審裁判所は右の法意に則り、右被告事件における犯罪の性状公判審理の経過等に照らし本件保釈許可決定書記載の保証金額及び各種条件を定めて、これを被告人に科することによつて、証拠隠滅乃至逃亡等の虞を阻止できるとしたものと考えられる。而して当裁判所においても本件犯罪の罪質態様等に照らし、被告人を釈放した場合に、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる行動に出で又は逃亡する虞が全然存しないとは判断し難いところであるが、右被告事件について現に公判審理を行つておる原審裁判所がその公判審理の経過において自ら経験したところに基き、その起訴にかかる犯罪の性状に鑑み原審裁判所が科した保釈金その他の諸条件を以てするならば、かかる行動の阻止が十分に期待し得られるとしておる以上その自由裁量に基いてした保釈を以て、あながち不当なりと断ずべきものでもなく、また被告人を保釈することが時に公共の安全を害し、又は裁判の権威を失墜するものとも認められないから、原審の諸般の事情を参酌して定めた諸条件を科して、被告人に保釈を許した原決定を失当の措置として直ちに取消すべきものとする主張は、にわかに容認し難い。